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2014年6月6日金曜日

【週刊貴公子】 軒先貸して、母屋を取られるの典型例! ~ 維新橋下代表の甘さですね。

維新の分裂は、結局、予想以上に、石原新党有利に終わりましたね。

朝日新聞の記事です。
石原新党に23人参加 橋下氏、野党再編戦略に誤算
>維新は5日、衆参62議員の新たな所属先を維新37人、石原新党23人、無所属1人、
>保留1人と発表した。

結局、旧維新と旧太陽の党(慎太郎政党)の2012年11月の合併は何だったのでしょうか?
政治の世界の話ですから、離散集合は「兵家の常」としても、旧維新側には、一連の合併と分裂の一年半の過程において、一つでも良いからメリットはあったのであろうか?
一方、旧太陽の党には、メリットしか発生しなかった。

旧太陽の党にとっては、当時、維新が救わなければ、2012年12月の衆院選で消えてなくなっていたのは確実で、言ってみれば、維新にとっては、旧維新側による旧太陽の救済合併であった筈。
また、小さな政府を標榜していた改革政党の旧維新と、大きな政府を目指す守旧政党の旧太陽が合併し、何が何だか分からなくなった事も、旧維新にはマイナスだった。
当時、「民主党は絶対ダメ、でも自民もダメ」と考えていた貴公子の様な人は、放っておいても旧維新に投票する社会風潮だったのに、石原慎太郎と組んで、一気にその気が削がれましたねえ。
その結果が、あまりぱっとしない第3党と言う立場となったのでしょう。
石原とさえ組まなければ、第2党は確実だった。
あるいは、良い参謀さえ付ければ、政権党さえも夢ではなかったのに、本当に無駄な合併を当時したものです。

これだけでも、歯がゆいのに、一年半後には分裂し、20名以上の議員を慎太郎に持っていかれてしまった訳ですね。
あの消えてなくなる筈の慎太郎政党に、がっぽりと儲けさせた訳で、踏んだり蹴ったり、泣き面に蜂、盗人に追い銭とかの言葉すべて、当てはまります。

維新は、これで10年は政権チャンスがないでしょうね。
何度でも言いますが、2012年の全国的な維新ブームを生かせず(と言うか、慎太郎を救うことで、自発的に捨て去って)に、誠に残念です。
復活する慎太郎と、利用され捨て去られた橋下氏と言う、分かり易い構図ですね。

逆に言えば、政治家として、橋下は甘かった、石原は、さすがに老獪だったと言えるのでしょうが。。。
当時、橋下氏は、慎太郎に何か弱みでも握られていたのであろうか?、と純粋に疑問を持ちます。

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