2017年12月19日火曜日

高校時代の友人を追悼します!

昨夜遅く、親交もない高校の同級生Aから、突然、メールがきました。
同級生Bが、心不全で永眠したのとの緊急連絡でした。
貴公子は、Bとは、高校時代、一時、親しくしておりましたので、ショックです。
今日は、普通に会社に行きましたが、やはり頭から離れなかったです。。。
既に、葬儀も親族だけで終えた様で、最後の挨拶もできなかったので、本ブログにて、追悼したいと思う。

超エリート家庭の子息が多い、かなり特殊な男子高に、新宿スラム街の公立中学校から入学した貴公子は、全くなじめませんでした。
非常に、いけ好かない奴が多かった。
しかし、Bは、そんな貴公子にとって、心を許せる数少ない友達でしたね。

彼は、優秀と言うか、勉強熱心なタイプで、東大法学部を目指して、勉強しておりました。
一緒に、浪人して(貴公子は代ゼミ、Bは駿台)、貴公子はまあ普通に勉強して、普通に慶応経済に入りましたが、Bは、駿台時代から、がむしゃらに勉強して、浪人時代は全国模試で一桁順位を連発しておりました。
それでも、なぜかまた、東大に落ちて、Bは2浪目に突入。
浪人2年目は、さらに優秀な成績を予備校で出していたらしいが、またもや東大法学部はダメでした。
結局、Bは、2浪して、早稲田法学部に行きました。

Bが早稲田に入学したころ(その頃、貴公子は慶応経済2年生)、「久しぶりに一杯呑もうぜ!」みたいな話をした記憶があるが、そのころ、Bは司法試験予備校に通い始めており、「勉強が忙しいからダメ。」みたいなことを言われて、随分と呆れた記憶があります。
ただ、それくらい、Bはストイックだったし、貴公子の記憶では、いつも勉強ばかりしていた記憶があります。
そんな事もあって、遊び好きの貴公子とは、徐々に価値観の違いが露呈して、疎遠になってはいきましたねえ。。。

最後にBに合ったのは、貴公子が大学3年生の時だったと思う。確か。。。
場所は、池袋だったと思うけど、定かではありません。
高校の同級生が数人集まって呑む中に、Bも居た記憶があります。
遠い昔の話で、非常に記憶が曖昧だが、貴公子や他の連中がブランド服を纏っているのに、Bは高校時代と同じ垢ぬけない服装で、重そうなカバンの中に、司法試験の参考書を大量に入れていました。
みんなで、「ダサいなあ。。。」とか言って、酒の席で、冷やかした記憶があります。

その時に、Bに会ったのが、最後の筈です。
その後、Bは、非常に苦労して、30歳近くになって、司法試験を突破しました。
中堅法律事務所にて、企業法務担当弁護士になったと、他の同級生から聞きました。

いつも勉強ばかりしている奴だったが、心が綺麗なところがあって、高校時代の貴公子とは、なぜかウマが合いました。
高校卒業以降、ずっと、Bの事は忘れていたのですが、2~3週間前に突然、彼の高校時代の事を思い出して、「そう言えば、あの時は、俺も下らないことでムキになって、Bに悪かったなあ。」とか感じ入ったものでした。
昨夜の訃報に拠れば、Bが逝去した頃に、貴公子がBの事を、25年ぶりに思い出した事になるので、最後の挨拶をBは貴公子にしたかったのかも知れませんね。
まあ、不思議な事象でしたねえ。。。。

高校卒業以降、接触はなかったが、Bは貴公子の数少ない高校時代の友達であったので、喪失感はあります。彼は結婚していたのか?あるいは子供がいたのか? も貴公子には分かりません。
逆に言えば、彼との時間は、高校時代で止まったままですね。。
名家出身だったBには、特有のプレッシャーが幼少の頃からあった事は、高校時代から感じていたし、その後のBの人生も、制約や自制の多い人生だったと思う。

その意味では、「お疲れ様。ゆっくり休んでね。」と伝えたい。

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