2009年2月6日金曜日

拓銀破綻の根本原因 Vol.2

直球でいきましょう。
まず、拓銀破綻の原因に関し、内部にいた人間として、忌憚ない分析を加える前に、
世間一般で言われていることに反対したいと思います。

旧拓銀行員の同窓会的サイトでも、よく書かれていることだし、また、他の破綻銀行(長銀とか)
の破綻分析本にも、よく書かれていることで、下記の記述をよく見かけます。
曰く、「銀行員は優秀だ。」

しかし、拓銀に4年間在籍した私に言わせれば、拓銀行員が、すくなくてもビジネスマンとして、ある
いは、社会人として優秀だと思ったことは、一度もありません。
むしろ、「世間一般よりも、劣っていた!」とさえ思います。
(他行の行員については、よく知らないので、コメントを控えますが。)

確かに、外部の人から見ると、優秀そうには見えたと思います。
細かい服装規定に基づき、身なりを固め、髪型にまで細かい規定があり、言葉遣いは慇懃無礼な程に丁寧で、更には感情を押し殺す訓練まで受けているので、外部の人には、優秀そうに見えたでしょう。
しかしながら、私は道内地方都市の比較的大きな支店で、大学卒業後3年間(その後、札幌の本部で1年間)在籍しましたが、入行直後から、異様な違和感を感じました。

怖い程に、上意下達で、中堅スタッフどころか、支店長クラスでも、「成人した大人として、普通に持
っているべきである問題意識というか批判精神」が全くなかった。
例えば、こんな事がありました。
道内地方支店勤務の1年目の時(1994年冬)、本部の組合スタッフが、ウチの支店にやってきて、「当行は大丈夫だ。経営状況は改善に向かっている。明るい気持ちで頑張りましょう!」と、支店の中堅以下のスタッフに演説をしました。
私は、あまりの能天気さにあきれました。
1994年冬には、一般の雑誌にも「拓銀の経営危機」は報じられる様になっていたからです。
私は、質問せずにいられませんでした。「経営状況が上向いていると判断する根拠はなんですか?」
本部から来た組合スタッフは、面食らった様な顔ながら、自信に満ちた顔で答えました。
「○○常務が、そう言っていた。」
そして、私の支店のスタッフは、全員が全員、納得した顔で拍手して、オシマイ。

つまり、一般の社会人が、普通に持つ批判精神とか、あるいはビジネス上の議論を、夜を徹してでもやうというような熱い心が、皆無でした。
「先生がこう言っていたでしょう!だから、いいんだよ。」的な小学生的なメンタリティーが拓銀内に
蔓延していましたと思います。

私は、この会議以前も以後も、いろいろな会議に出席しましたが、この手の質問は、他の誰もしませんでした。と言うのも、拓銀的には、こうした質問は、「挑戦的な質問」であり、質問後に独身寮や支店内で、先輩や上司から、激しくなじられたからです。
激しくなじられる度に、「あーー。『拓銀大好き。拓銀の前途は洋々』と言った顔して、ニコニコ座っ
ていればいいのに、また馬鹿な事を言ってしまった。なじられるだけ損だから、次からは黙っていよう!」と思うのですが、いろいろな会議で、色々な人が現実離れした能天気な事、あるいは「いまそこにある危機」から目を逸らすような事を言う度に、つい言ってしまうのでした。
おかげで、わたしはずっと変わり者扱いでしたね。

支店の日々の仕事でも同じです。
融資課にいる時、「この取引先は絶対にやばい。即融資を回収すべきだ。」と申請書に書いただけで、「あの社長がこの前、泣いていたのに、それを無視するのか?」と、かなり的外れな罵倒を課長から受け、それでも、「でも、うちは会社であって、ボランティア団体じゃないでしょう。」と言い返したら、「おまえには人間の心がない。人間性を磨け」と皆の前で、罵倒されました。
つまり、この課長は、そして、更に上司も、あるいは平のスタッフも、全員が全員、波風を立てずに、
日々を大過なく過ごす事だけに関心があり、面倒くさい事には触れたくないと言う雰囲気が蔓延していました。
(この場合では、惰性で融資を続けること。言い換えれば、何も考えないことが尊重されました。)

この様に、すべての人が、すべてに無関心で、ビジネスマンとして当然持つべき熱い心がなく、
それでいて、上に対しては、兎に角、ぺこぺこしていました。
こういう集団のどこが優秀なのか?
本当に理解に苦しみます。

つづく。

0 件のコメント:

コメントを投稿