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2015年12月30日水曜日

深考した一年でした! ~2015、思想的総括。

大学時代の話ですが、貴公子は経済学部なのに心理学に嵌り、経済学部の授業にロクに出席もしないで、大学の図書館に籠り、心理学の本を読み漁っておりました。
フロイトは勿論、犯罪心理学とか新興宗教研究にも精を出しておりましたが、半年くらいで熱も覚めました。

当時、心理学を専攻する学生と話して感じたのは、「それ程、他者分析をできるのに、自己分析が全然、出来てないじゃん。」と言う事でした。
また、少なくとも貴公子の周りでは、心理学に傾倒する人は、30過ぎると、一般社会に適応できなくなるとも感じました。
そんな事があって、心理学に対する熱は冷めましたねえ。。。。

ただ、今年になって、貴公子自身も自己分析が全然できていないと言う事に気が付きました。
そう感じたきっかけとなったのは、やはり転職活動です。
兎に角、半年に及んだ転職活動中に、深く深く、自分の半生を考えました。
学生の時に学んだ、心理学の手法を使って、初めて自己分析もしました。
自己分析をすると言う事は、自己批判も含める訳であり、正直、とても苦しかったです。

そうした貴公子的には大いなる苦痛を経て、至った結論は以下です。
(あくまでもビジネスマンとしての部分に限定して、列記しますが。)

=================
1.  ビジネスマンとして、亜流を好んで歩んできた。
ある意味、ひねくれていたとも思う。
学生時代に、「鶏口となるも牛後となるなかれ」と言う言葉に心酔したこともあったが、就活で一流企業を狙わずに、敢えて、「潰れそうな銀行」を選択した。(実際に入行4年目で拓銀は破綻した。)
慶応の経済では、金融制度改革を研究するゼミでリーダーをしていた位なので、1990年初頭に於いて、「拓銀が危ない。」と言う意識は、人一倍ありました。
そうであるのに、敢えて拓銀を選んだのは、「俺が入社して、拓銀を救ってやる!」位の事を本気で考えていた為。
今となってみたら、随分とナイーブな青い考えであり、とても恥ずかしい。。。
30歳から始めた比国4年の「フリーター生活」も同じ文脈でありました。

2.上記とも連動するのだが、手を動かして汗を流すことを美徳と信じていた。
「現場を押さえる。」と言う事を至上命題として、どこの会社でも実践していた。
逆に言えば、頭を使う事を内心、必要以上に見下していた。
本来なら、現場を押さえる事と、頭で思考することの両方が必要な訳だが、貴公子の場合は、前者に偏り過ぎていた。
新卒で入社した拓銀に於いても、「兎に角、現場を知る必要がある。」と強く信じて、敢えて、北海道の地方都市勤務を「強く希望」し、実際、北海道寒村の支店勤務となった。
ある意味、マルクス的な意味に於ける労働賛美傾向が強くあったと思う。

3.貴公子は基本的にストイックであり、新しい事にどんどんとチャレンジをして、仕事の幅を広げてきたと自負しているが、逆に言えば、器用貧乏になっていたと思う。
IT分野に限っても、「あれだけの広範囲を押さえたエンジニアはいない。」と言うレベルまで、幅広くやったつもりであり、視野を広めると称して、色々な分野に手を出して、いつも勉強をしていたと思う。
それでも、挑戦がITに収まっている分には良かったが、昨年(2014年)から、「前職の会社を俺が救う!」と称して、ITとは関係ない分野(前職の会社でのコアビジネス)へと挑戦しかけたが、ちょっとやり過ぎの感があると突然、気が付いた。
こんな風に新しい事に挑戦し続けるのは、貴公子にとっても実は辛い。
(どこに行っても新人から始まるから。)
勿論、勉強にはなるかも知れないが、それが対外的に評価をされる訳ではない。
IT技術力、英語力、財務会計力、PM(Project Manager)として資質とかのスキルがそれなりで、ある意味、どこでもそこそこはやっていけるのであろうが、だからと言って、器用貧乏になってはいけない。

4.「縁の下の力持ち」とか「後方支援部隊」と言う立場を、必要以上に美化しており、そこに変なロマンを感じていた。
前職では、「立派なスタッフの参謀」になることを切望し、そういう人物を必死に探していた。
(因みに、前職の会社では最後の最後まで、見つからなかった。)
その流れの中で、本来、自分の功績になる様な仕事上の実績も、他のスタッフに、率先して譲り渡した。「影の存在」となる事に、自己満足さえしていた。
ただ、「バックオフィスのエースになる!」と言う考え方は、別の意味で、貴公子自身の精神の弱さを示すものだ。
他の人に追従するのはではなく、貴公子自身が、トップを走ると言う強さが必要であると突然、思い立った。
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と言うような事を考える一年でした。
ぐだぐだと書きましたが、貴公子自身が、マルクス的な労働観を振りかざして、自ら進んで「下積み労働」に甘んじるのは、もう止めにします。
清貧と言うと聞こえは良いが、意図的に泥臭く、辛い環境に身を置くことを立派だと感じており、仕事の仕方も趣味も、そして住むとこでさえも、あえて苦境を選択してきたと思う。
こうした変なストイックはもう止めようと思います。
「貴公子自身が、王道を歩むべきであり、そしてそこでトップを目指すべきである。」と言うごく当たり前の結論に達しております。

では、「具体的に、どうするか?」と言えば、兎に角、仕事で利益を生み出し、会社で重要な地位に早く就きたいと思います。
また現在は、東京湾岸部に住んでおりますが、都心中心部(千代田区とか中央区、港区辺り)に移り住んで、世界を股に掛ける凄腕ビジネスマンと積極的に交流をしてゆきたいと思います。

大きな心境の変化です。
海外旅行に例えれば、貴公子は今まで格安宿を渡り歩くバックパッカー的な旅行をしてきました。そうする事で、本当の現地事情が理解できると信じておりました。
ただ、こういう思想は卒業します。
今後は、「飛行機はファーストクラスを使い、現地の5つ星ホテルのスイートルームに宿泊し、そこで現地の凄腕ビジネスマンとキツイ交渉をする。」と言う様な方向性を志向する事にします。
40年以上生きてきて、やっと辿り着いた貴公子的な結論です。

すっかり長くなりました。
これを持って、本年の思想的総括としたいと思います。

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