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2015年10月3日土曜日

転機!

Lesile Cheungの富年情を聴きながら、更けていく金曜の夜です。


男の哀愁が漂う歌です。
1986年に日本でも大ヒットした、香港やくざ映画「男たちの挽歌」の主題歌にもなりましたねえ。

貴公子は、自身のキャリアに関して、ここ半年位、かなり悩んでおりました。
国際ITビジネスマンを目指して、15年前に単身フィリピンに乗り込んで、それなりに近づいたと思っていたが、科学技術の進歩と共に、IT技術自体が4~5年前に、大きく変貌しました。

時系列的に言うとこんな感じだと思います。

1990年代 : アキバオタクに毛が生えた様なPC好きがITエンジニアとして、企業LANを構築するなど、ITの黎明期を支えた。

2000年代 : ITの業務への適用必要性がビジネス的に不可欠になると共に、Securityとかの概念も出てきて、ビジネスとか事業としてITを捉える風潮が高まった。結果として、IT技術者は単なるPC好きから、理論をしっかり押さえたエンジニアへと進化する事が求められた。
そうしたITバブルの風潮の中で、大量のITエンジニアが生まれ、レベル的に玉石混合の状況となった。

2010年代 : サーバ仮想化技術が一般化し、2010年代半ばに至り、Networkの仮想化概念が出現するに当たり、IT技術は、事業会社の手を離れ、Data Center(DC)運営者やクラウド業者側の手に委ねられつつある。
言い換えれば、一般企業内のIT部門は不要になりつつあり、それと同時に技術力の劣るITエンジニアは生き残れなくなってきている。ハイレベルのIT技術者は、DCとかクラウド側に回り、一般企業のIT部門スタッフは、技術者ではなく、管理業務スタッフとなりつつある。

上記の様な変化を肌で感じております。
アメリカでは、弁護士業務のかなり部分をITが代わりにやる様になり、特別に優秀な弁護士以外は、基本的にPCマシンが自動作成する書類のReviewerと化していると言うが、IT技術者でも本物以外は生き残れなくなってきております。

国際IT技術者を目指していた、貴公子は、その意味で、この半年、少々、戸惑っておりました。
自分は、技術者として生き残れるのか、それとも、大好きなITから離れざるを得ないのか?

その答えが出たのが、本日です。
そんな思いを抱きながら、富年情を聞いております。
もったいぶる訳ではないですが、深夜なので、続きは後日書きます!

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